洗面所で歯磨きする和田さんに小声で事情を話すと、
「なるほどなあ……」
と目を丸くして頷いた。
「おばちゃんが上がって来よるのは知ってたんや、ワシになんや用があるのかと思って、密かに期待して待ってたんやけどな、残念やわ」
にやけ顏で付け加えて。
まったく、朝っぱらから何を言ってるんだ。
普通なら、いやらしい中年男性だと毛嫌いされるのかもしれないけど、私には許せてしまう範囲。OLをしていた頃、社内にこんな人が居たら面白かったかもしれないと思うこともあったりして。
「は? そんなこと言ってたら、おばちゃんに怒られるよ?」
「冗談やって、おばちゃんに蹴飛ばされてしまうな、それより瑞香ちゃん、気にしいなよ」
「え?」
聞き返したけど、顔をバシャバシャと洗い始めた和田さんには聴こえていないようだ。
昨日私が勘違いして、彼を海に突き落としたことを言っているんだろう。聞き返すのも、今さら弁解するのも何だか恥ずかしい。
和田さんが、ぷはっと息継ぎをして顔を上げた。タオルでごしごしと拭きながら、
「気にしとったらアカン、忘れてしまいな」
と振り返った和田さんの顔は優しかった。

