聴かせて、天辺の青



早々に部屋を立ち去ろうとして、扉の横の壁際に置かれたハンガーラックが目に留まった。


昨日、彼が着ていた黒いジャケットが掛けられていて、足元には彼の持っていた黒いボストンバック。その傍に落ちているのは、とくに変わった様子もない携帯電話と小さな紙屑。


引き寄せられるように紙屑を拾い上げた。


くしゃりと丸められた紙は固く、濡れた後で乾いたような感触。まだ僅かに湿っぽい気がする。


きっと昨日の朝、海に落ちた時にジャケットのポケットにでも入っていたのだろう。


乾かす気があるのか、捨てるつもりで置いているのかわからないけど私から見れば紙屑だ。


それなのに開いてみようと思ったのは何故なのか、自分でもわからない。


乾きかけた紙は突っ張る感じで、危うく破れそうになる。破らないように慎重に開いてみると、単に丸められたのではなく折りたたまれていたものだとわかった。


黒い色で何か書いてある。


滲んで読みにくい文字に目を凝らして読み取ろうとするけど読めない。
何かのメモ書きか走り書きなのか。


一言二言の短い文章が数行並んでいる中、辛うじて読み取ることが出来たのは『海』という一文字だけ。


何のことだか、さっぱりわからない。