聴かせて、天辺の青


できれば、もう海棠さんの名前は聞きたくなかった。やっと忘れそうになっていた気持ちが折れそうになる。



「待ってくださいよ、本当に帰ってくるのかわからないし、メッセージとは限らないですよ」



二人を押し返すようにテーブルに身を乗り出したけれど、びくともしない。それどころか二人は顔を見合わせて、つんと口を尖らせる。



「私は帰ってくると思ったよ、ねえ?」

「はい、私も思いました。絶対に瑞香へのメッセージですよね?」



二人には何を言い返しても敵いそうにない。
外れてしまう期待なら、最初から期待なんてしたくない。叶わない夢なら必要以上に期待させないでほしい。



塞ぎ込みたくなる気持ちを察したのか、河村さんが優しい笑みを浮かべた。包み込んでくれるような、ふわりとした柔らかな笑み。



「瑞香ちゃん、知らない? 彼の歌のタイトル……『沈丁花』には瑞香(ずいこう)っていう呼び方があるのよ」

「瑞香(ずいこう)?」

「瑞香ちゃんの名前の由来じゃない?」



余裕さえ感じられる河村さんの笑顔に、私の対抗心が消されていく。



私の名前は『瑞々しく生き生きした女性になるように』との思いを込めて両親が名付けてくれたと聞いていた。誕生花が『沈丁花』だということも。
だけど『沈丁花』のことを『瑞香』と呼ぶとは知らなかった。



海棠さんは知っていたのだろうか。
本当に帰ってくるというのだろうか。