聴かせて、天辺の青


小さな川を遡って車を走らせる。助手席に座らされた私は、ぼんやりと車窓を流れる景色を眺めながら小さな溜め息。これで何回目の溜め息なんだろう。


「溜め息ばっかりやめろよ、幸せが逃げていくだろ」

「はいはい、たぶん私たちにはわからない魅力があるんだろうね」

「俺も、わからないんだよなあ……」

「海斗はここに居るのが一番でしょう、ここを離れるつもりなんかないくせに」

「ああ、うん、ずっとここに居るだろうな」



照れ臭そうに小さく頷きながら、くしゃっと頭を掻いた海斗の薬指には真新しい輝きを放つ指輪。



海斗は来月、河村さんと入籍する。二人の新居も決まっていて、来週には海斗だけ先に入居することになっている。新居は河村さんの実家から歩いて三分もかからない。



暮れゆく景色の中にぽつぽつと灯り始めた街灯が、川沿いの土手に等間隔に並んだ桜の木を浮かび上がらせる。
既に葉を落として裸になった桜の樹が寒そうに凍える姿は不憫そう。春には枝が見えなくなるほどの花をたわわに咲かせていたのは夢の中の出来事か。



『海、泳ぎに行こうな』と海棠さんが言ってくれたのも、海棠さんに会ったことさえ夢の中だったのかもしれない。



「アイツは……、また帰ってくるだろ」



海斗がちらりと振り向く。ちょっと控えめな口ぶりは、きっと言うべきか言わざるべきか悩んだ末に出てきた言葉。
だけど私を気遣ってくれてることはよくわかる。