しばらくして、そっと顔を上げた麻美は唇を噛んで目を潤ませる。『麻美、ごめん』と心の中で唱えると同時に、麻美が口角をきゅっと上げた。
「お付き合いすることになったのよー、びっくりしたでしょ?」
と、にこりと笑顔で右手はVサインまで。
かなり心配したというのに、ちょっと拍子抜け。でも、付き合えることになってよかった。
「驚かせないで、よかった……麻美から告白したの?」
「そうじゃなくて、一ヶ月前に彼から。仕事の帰りに晩御飯に誘われて……」
「だったら、クリスマスが楽しみだね」
「でもね、クリスマスは彼も私も仕事なのよ……仕事の帰りに食事行くぐらいかな」
「いいなあ、麻美は……」
「それより瑞香、聞きたいことがあるの」
たっぷり羨望を込めた私の声を、麻美が勢いのある声で遮った。見開いた目を輝かせて、何かを思い出したようにテーブルに身を乗り出す。
「何? 何を聞きたいの?」
「ヒロキのこと、また歌を書き始めたって知ってた?」
「え? あ、そうなの? 全然知らなかったよ」
とぼけてみたけど胸が痛い。麻美が『ヒロキ』と呼ぶ、海棠さんの名前を聞くのが何よりも辛い。
正直言って、もう海棠さんの名前を聞きたくなかった。
忘れてしまいたかったのに。

