真っ暗な防波堤に自転車を停めて、私たちは腰を下ろした。
ここは海棠さんと私が初めて出会った場所。
あの時はまだ夜が明ける前で、白み始めた空の端が私たちの輪郭を浮かび上がらせていたのに今は闇に染まっていくばかり。ひたすら黒に染まった海は、どこまでも深く沈んでいきそうで直視していられない。
黒い視界には遠くの街灯の明かりを灯した波の先が頼りなく揺れているだけ。
海の向こうの対岸へと延びた白瀬大橋の街灯が星のように眩しく輝いているけれど、もう橋を走る車の数は見当たらない。
遥か遠くから聴こえる虫の声と私たちの呼吸が、沈黙をさらに深くへと沈めていく。
話し出すのをためらっているのか、話すべきことを整理しているのか、彼が膝の上に載せた手を固く握り締めたり解いたり。
ふっと息が漏れる音が聴こえて、ようやく彼が口を開いた。
「彼女は音楽事務所の担当者で元はメンバーのひとりだったんだ、彼女にはちゃんと彼氏がいるし、俺とは全然関係ないから」
海棠さんは真っ先に私の疑念を否定した。
彼女の名前とは言わず、あえて『彼女』と呼んだのは私への気遣いだろうか。私の不安を感じ取ってくれたことは嬉しいけれど、少しも気持ちは楽にならない。

