河村さんは優しい。
『今日は何にもしなくていい』と言ってくれたのだけど、さすがにそんな訳にはいかない。
河村さんの目を盗んで、海棠さんと一緒に売り場に出た。
開店前の売り場は、どこか知らないところへ来たかのような緊張感を呼び起こす。少し休んでいただけなのに、売り場の景色を見るのはずいぶん久しぶりに感じられて。
さて、何をするんだったかな……
こみ上げてくるドキドキ感が心地よく感じられる。
「そこの陳列してたら? 俺はあっちに出すのを運んでくるから」
乱れた陳列棚を指差して、海棠さんは倉庫へと向かっていく。姿が見えなくなったのと同時に、事務所の扉が開いた。
「瑞香ちゃん、何してんの!」
今にも裏返ってしまいそうな、きんとした声を発して河村さんが飛び出してきた。怖い顔をしてる。
怒られるとひと目でわかる顔。
きゅうっと胸が締め付けられて、背筋が伸び上がる。
何にも悪いことなんてしていないのに。
「どうして売り場に出てるの、何にもしなくていいって言ったでしょう?」
河村さんはまるでお母さんの口調。
私の方へとずんずん向かってくるうちに目尻が下がって、ぷうっと膨らませてた頬がへこんでく。

