聴かせて、天辺の青


「来週の土曜日、出かけないか?」



掃除機の音にかき消されてしまいそうな声なのに、不思議なことに私の耳にはっきりと届いた。



私の返事を待たないまま彼は敷いてあった布団を抱え上げて、窓の方へと運んでいく。
掃除機を転がしながら、
「どこへ行くの?」と問いかけた。
窓枠に布団を掛け終えた彼は口元を緩ませる。



「隣県に行こう、電車に乗って、ぷらりと観光したり……ゆっくりと過ごしたいんだ」



私の手から掃除機のホースを取り上げて、止めるのかと思ったらそのまま畳を滑らせながら



「無理させないから」



と付け加えた柔らかな声。



「観光ね……」

「ちょっと遠くへ行きたくなったんだ」



ここでも十分遠くだと思うけど。
さらに遠くへ行きたいとはどういうことだろう。



言いたい気持ちを抑えて、掃除機の滑る先へと目を向ける。畳の目に沿って滑る先には窓。差し込む光が彼の髪をやわらかに照らし出している。



「いいけど、バイトのシフトがまだわからないから」

「それなら、俺から河村さんにお願いしておこうか?」

「いいよ、自分で言うから」



子供じゃあるまいし。
思わず言ってしまいそうになったのを堪える。



「じゃあ、よろしく」



きゅっと口を結んで、彼は安心したように微笑んだ。