ピアノの音が和室にまで聴こえてくる。音を辿るうちに、小花ちゃんが覚束ない手で弾いている姿と隣で見守る海棠さんの顔が浮かんだ。
こんな穏やかな日が、いつまでも続けばいい。
ここにいる彼が本当の姿でなくても、今私たちの見ている彼がたとえ仮の姿だとしてもいい。
嘘だとしても重ね続ければ、きっと本物になるはず。
ここにいることが彼の描いた夢と違っていたとしても、私は彼と一緒に居られるだけでいい。
「なあ、瑞香ちゃん、ちょっとええか?」
ぼんやりとピアノの音色に耳を傾けていると、和田さんに呼び掛けられた。しっとりとした優しい声が和田さんらしくない。
「なに?」
「ん……、いろいろとあるけどな、支えたりよ」
和田さんは噛み締めるように言って、小さく頷いた。頷いたというより手元の湯呑へと視線を落としたと思えるような仕草。
照れ臭さを隠しているのか、それとも深刻に受け止めすぎないようにと配慮してくれているのか。
どちらにしろ和田さんの言葉は温かく包みこんでくれた。今にも転がり落ちてしまいそうな私の心をすっぽりと。
「うん、ありがとう」
声に出したら目頭が熱くなってくる。
ピアノの音が優しく耳に触れてきた。

