「前に来た時にも何かあったの?」
小声で尋ねると、麻美は首を横に振った。みんなの元へ向かう和田さんの背中を気にしながら。
「ううん、私は受付に居たから少し話したことがあるだけ。ねえ、あの人……」
ほっとする間も無く、麻美が肩を寄せてくる。視線を追った先には海棠さん。
「彼は三人とは別で、私と一緒に道の駅で働いてるの」
「そうなの? でも私……、あの人どこかで見たことあるかも」
麻美が首を傾げる。
彼は温泉なんて初めてのはず。ここに来たのだって、当てもなくと言っていた。
「本当に? 初めてのはずだけど……、温泉もこの町も」
「そうじゃなくて……、彼の名前は?」
「海棠、知ってるの?」
「海棠かぁ……、そんな名前だったかなあ……」
「どんな名前だと思ったの?」
「ちょっと待って、思い出せそうで思い出せない……」
なんとか思い出そうと、麻美が視線を注ぐから彼が振り向いた。つられて和田さん達も振り返る。
「ごめん、みんな待たせてるね、思い出しておくから後でね」
和田さん達に気を遣ったのか、麻美は私の背を押して去っていく。
もやもやした気持ちを抱えたまま、私は麻美を見送り、和田さんの元へ戻った。

