山へと向かう川沿いの道を走る車窓からは、溢れるほどの緑と点々と並んだ民家ばかり。やがて異質な建て物が目に留まった。
「あれ何? 何かタワーみたいに見えるけど」
と、彼が不思議そうな声を上げる。
「あれが温泉、タワーみたいなのは展望風呂」
「展望風呂? へえ……変わってる」
「ちょっと目立ってるでしょ、そんなに高くないけど、ちゃんと海まで見えるよ」
「スゴイなあ」
よほど驚いたのか、彼は身を乗り出してタワーを見つめてる。目をくるくると丸くさせて、子供みたいな横顔。
もっと彼の顔を見てみたいけど、運転しているから我慢せねば。
川沿いの道路を逸れて、温泉の駐車場へ。
車を停めると和田さんたちが、にやにやしながら彼の元にやって来た。
「すごいやろ? この建物、風呂やで?」
「風呂って言われな、何の建て物かわからんやろ?」
和田さんと本郷さんが誇らしげにタワーを指差す。まるで自分の建物を自慢しているように、みんな子供になったみたいに騒いでる。
駐車場にいた他のお客さんが私たちを見て笑ってる。なんだか恥ずかしいぐらい。
私は有田さんと一緒に、こっそりと和田さんたちから離れて温泉の入り口へと駆け込んだ。

