「小花、ちょっと来なさい」
怖い顔で迫る紗弓ちゃんに、そっと目配せしたおばちゃんが口元に人差し指を当てた。紗弓ちゃんは頷いて、まだ言い足りなさそうに小花ちゃんを睨んだ。
二人の様子をを交互に見ていた小花ちゃんが、おばちゃんの腕を引っ張る。
「おばちゃん、お兄ちゃん帰ってるの?」
「うん、部屋にいるよ。でもね、今日はお兄ちゃんしんどいから、ピアノの練習お休みね」
「ええーっ、何で? 昨日約束したのに、今日も練習するって」
やんわりとした口調に思いきり反発するように、小花ちゃんはつんと口を尖らせて不満いっぱいの顔。
毎日練習が終わった時に『また明日』と彼が言うのを約束だと思っているらしい。挨拶みたいなものだと言っても、納得できるわけないだろう。
「小花、ダメなものはダメなの。小花だって、しんどい時は練習したくないでしょう?」
紗弓ちゃんが覗き込むと、ふいっと顔を背けておばちゃんにしがみつく。今にも泣き出しそうに目が潤んでいる。
「ねえ、おみやげだけ持って行ってもいい?」
「後でね、きっと寝てると思うから夕飯の時に渡そうね」
ようやく理解したのか、小花ちゃんは口を噤んで頭を垂れた。

