聴かせて、天辺の青



相変わらずの静かな車内。
昨日のことを思い出さないようにと意識したら、余計に気になってしまう。まさに、心ここに在らずだ。


「信号、青だよ」


ふいに投げ掛けられた彼の声が、私の意識を呼び戻す。後ろの車にクラクションを鳴らされる前だったから助かった。
だけど、恥ずかしい。


「衣料品店で、何を買うの?」


照れ隠しに、話し掛けてみる。彼は助手席の窓枠に肘をついて、外を見たまま。


「Tシャツの替えとジャージ、それからスーパーでお菓子がほしい」

「どんなお菓子を食べるの?」

意外だったから思わず聞き返してしまった。今までお菓子を食べているところを見たことがないし、見た目が華奢だから、お菓子なんて食べないと思っていたから。


「いろいろ、スナック菓子もビスケットもおつまみも……ついでにお酒も」


お酒と言われて、昨日の彼の姿を思い出してしまった。


酔っ払っていたからか、秘めていたものを吐き出すような彼。桜の花の下、私を引き止めた彼の腕の感触までもが蘇ってくる。彼は覚えていないか気になっているのに、隣に座った彼を横目で見ることさえできない。


「お酒は要らない、おばちゃんの所で買ったらいいでしょ、酒屋なんだから」


吹っ切るように言い放った。


「そっか、酒屋だった、民宿だとばかり思ってた」


今気づいたとわかる彼の声は、私の方を見て発せられたとわかる声だった。