その後、何にも言わないのに彼が手伝ってくれたから、意外と早く終わってしまった。これなら、午前中に買い物済ませられそう。
「買い物行く?」
ドアを開け放ったままの彼の部屋を覗いた。既に彼は着替え終えていたから警戒心もなく。
だけど、驚いたのは彼だった。
掛けてあるジャケットのポケットに、ちょうど手を突っ込んでいたところ。
「あっ、待って……」
慌てて答えてポケットから引っこ抜いた手には財布、 隙間から紙屑が零れ落ちた。くしゃっと折り畳んだ紙に見覚えがある。
彼がここに来て間も無く熱を出した時、部屋に入った時に落ちていた紙屑。濡れて乾いたから、ごわついていて文字も読み取れなかった。確か『海』の一文字だけ読み取ることができたんだ。
彼は気づいていないのか落ちた紙切れはそのままにして、テーブルの上にある財布を取り上げる。
「その紙、さっきポケットから落ちたけど?」
指差したら、ようやく彼は振り向いた。拾い上げた紙切れを広げ、首を傾げる仕草。
「何か大事なことでも書いてあるの?」
わざとらしく尋ねてみた。
彼の答えを聞いてみたかったし、『海』って何のことなのか知りたくて。
「いや、べつに。俺の名前書いてたのかも……忘れた」
彼は本当にわからないと言いたげな顔で、紙屑をひょいとゴミ箱へと投げ入れた。

