聴かせて、天辺の青



おばちゃんの宿に向けて、車をゆっくりと走らせる。


無言の車内に時折、彼の小さな息遣いが聴こえてくる。ただの溜め息なのか、何か話し出そうとして止めたのか、何か言いたいなら思いきって吐き出してくれたらいいのに。


もうすぐ白瀬大橋を渡ろうという頃、彼が口を開いた。


「ごめん、停めて」


急に言い出すから気分が悪くなったのかと焦って、駐車できる場所を探す。


ここは大型のトラックや重機も余裕で通ることのできる幅の広い道路だけど、駐車スペースはない。


仕方なく路肩に車を停めた。幸い後ろから車は来ていないし、夜は車通りが極端に少ないから問題ないはず。


停めた途端、彼が車を降りていく。放っておけなくて、私も後に続いた。


渡ってきた時に車窓から見えていた道路沿い桜。頭上に真っ白に輝く満開の花を見上げて、彼が目を細める。


「気分は? 大丈夫なの?」


問い掛けても知らん顔して、彼は桜の花を見上げたまま。聴こえてないはずないのに。


ふいに彼が手を伸ばす。


真っ直ぐに伸びた手は桜の花を掴もうとして空を掴む。一度、二度、狙った花に指先が触れそうになるのに、あと少しのところで触れられない。


うんと背伸びをして伸びきった指先が、ようやく花弁に触れて微かに揺られる。


「エイジなら、余裕で届くだろうな」


口角を上げた彼の満足そうな横顔が、街灯と桜の色に照らし出された。