彼は目を閉じた。
考える素振りで小さく息を吐いた後、静かに首を振る。
「いや、帰らない」
私を見据えて零した言葉は、重く車内に沈んでいく。沈みきってしまいそうな空気をすくい上げようとして、私はシートから身を起こした。
「じゃあ、東京に戻ってやり直すの?」
ぴくりと彼の目元が震えた。不快に感じたのか、唇を噛んで目を逸らす。
何が言いたいのか、自分でもわからなかった。単に彼がここに居ることが気に入らないという理由ではなく、彼はここに居るべきではないという気がしてならない。
田舎で彼を待っているであろう人のことを考えるとなおさら。
「戻らない、今更あんな所に戻っても、どうしようもない」
「ずっと、ここにいるつもり? 田舎にも帰らないで? 何がしたいの?」
「何にもしたくない!」
私の言葉を畳み掛けるように、彼はきっぱりと言い切った。込み上げる苛立ちを抑えるように目を閉じて、大きく息を吸い込む。
もう何も言ってくれるな、と顔に書いてある。彼はシートにもたれ掛かり、ふいと窓の方へと向いてしまった。
私は確かに、触れてはいけない部分に触れようとしたんだ。

