「へえ、弾けるんだ。習ってたの? 男の人なのに珍しいよね」
ともすると、沈黙に覆われてしまいそうな空気を入れ換えたのは紗弓ちゃん。人懐こい笑顔が、彼の固い表情を解した。
「珍しい?」
決して嫌な顔ではなく、彼は目を丸くして不思議そうに尋ねる。
「うん、私の周りにはピアノ習ってる男の子はいなかったよ、ねえ? 瑞香ちゃんの周りには男の子で習ってる子いた?」
「ううん、いないかも。たいていの男の子は野球か、サッカーだったよ」
そう、私だって習ってなかったんだ。
「そうそう、稀に柔道やってる子がいたよね」
紗弓ちゃんが思い出したように、くすりと笑う。それって、英司と海斗のことだ。
「へえ、柔道か……俺は運動苦手だったし、それに姉貴がピアノしてたから」
ちょっと恥ずかしそうな彼。
そうなんだ、彼にはお姉さんがいるんだ。きっと、こういうことがないと聞けなかっただろう。
まだ知らないことはたくさんある。とくに知る必要もないんだけど、強盗未遂の疑いはまだ晴れたわけじゃない。
それは単なる自分勝手。
彼が強盗未遂の犯人ということよりも、おばちゃんや私が隠避罪に問われることの方が気になってしまうのだから。

