少しの時間がたって、かなこは少し落ち着いて。
「お姉ちゃん」
「何?」
「お姉ちゃんはお父さんから棟梁にするって聞いたんだよね」
「うん」
「いきなり?」
「いきなり」
かなこは頭をぐっとおんこの肩に押し付けた。
勇気がもらえるように。
「怖く……なかった?」
父は棟梁として完璧だと言って良かった。
仕事は勿論誰よりもできた。
その出来上がりも時間も他には真似出来なかった。
加えて教えるのも上手く、指示の出し方も完璧。
理想そのもの。
……そう、まるでそれは前生徒会長にも似ている。
完璧で、非の打ち所がない。
そういう人の跡を継ぐのは怖くなかったのか。
「そりゃあ、怖かったさっ!」
苦笑いしつつも答えた姉は昔と変わらない。
「当然だよっ!あのお父様の跡継ぎっ!怖くて怖くて眠れなかったさっ!」
「どうやって乗り越えたの?」
今の姉はそんな風には見えない。
学生として、棟梁として、出来る限りのことをしていると思う。
その時、おんこは花のようにふわっと笑った。
それだけでかなこには答えがわかった。
姉にそんな顔をさせるのは一人しかいないから。
「……助けて、くれる人がいたから」
囁かれたのはそんな言葉。
「……もしかしなくても、高崎」
「えっ!あっ……いや、そんな、違っ」
思わずかなこから遠ざかるほどの動揺ぶり。
もしかしなくても、五十嵐工務店勤務高崎がお相手だ。
二人とも少し天然でバレてないと思っているが、バレバレである。
両親などもう結婚してしまえとこぼす始末。
「とにかくっ!」
ようやく動揺から立ち直ったおんこが、ばんっとベッドを叩く。
「怖がるな、あなたは一人じゃないんだから。それに……」
ふっと笑みをこぼして続けた。
「かなこを悪く言うやつがいたらあたしがぶっ飛ばしてあげるっ」
快活に言いはなって返事も聞かずに部屋を出ていくおんこ。
「何よ、高崎に言われた言葉でしょっ、どーせ!」
姉は年を重ねて落ち着いたといっても単純なのを知っている妹はそう独り言を呟いた。
あんなに重たかった生徒会長の肩書きが今は軽くなっているのを感じながら。
言われてみれば簡単なこと。
"一人じゃないんだから"
生徒会のみんな、生徒のみんな、そしてお姉ちゃん。
こんな心強い味方もそうそういないだろう。
「……お腹すいたな」
ぐぅとお腹が鳴ってかなこは歩きだした。
――姉妹の、曲がり角。