あの日、あの夜、プールサイドで




「親父の言うとおり、この気持ちを伝えないまま死んだら後悔するかもしれねぇけどさ?恋より守りたい物があるんなら……我慢もしょうがねぇ。そう思うだろ??」



親父の遺影を見つめながら、俺は親父にそう笑いかける。



今ならまだ引き返せるかもしれない。



親父が亡くなった今、病院に行くこともない。毎週日曜日のコーヒータイムも買い出しも、もうしなくていいんだ。


電話だってこちらからかけなければ、真彩からかかってくることもないだろう。


このまま時間が優しく癒してくれる。この気持ちをなかったことにしてくれるハズだ。


忘れよう。
真彩のことは忘れよう。


この気持ちに鍵をかけて、次の恋をみつければいい。きっとそれが、みんなにとっての幸せになるハズだから。



俺はよっこらしょと掛け声をかけて立ち上がると、冷蔵庫からビールを二本取り出した。


一本を親父の前に。そしてもう一本のプルタブを開けると、俺は勢い良く喉の奥にビールを流し込む。麦の苦味と炭酸がシュワシュワと口の中を刺激して、胃に落ちてカッと少し熱くなる。



大丈夫。
今なら大丈夫。
そう自分に暗示をかけて、ビール片手に親父の遺影を見つめていると


♪Trrr... Trrr...♪


テーブルに置いた携帯が勢い良く鳴り始める。



めんどくさい気持ちを抑えながら携帯を手にして、画面に表示されていた名前は“向坂真彩”



真彩??
なんでまた??



不思議に思いながら電話に出ると


「あの…先生のおうちの最寄り駅ってどこですか??」

「…はぁ??◻︎△駅だけど…なんで??」

「あの…今、愛児園を出たところだから、あと30分くらいしたら駅に迎えに来てもらってもいいですか??」

「え、ええ?!」


真彩はこんなとんでもないことを言い始めた。