「あの海のず~っと先に、ちょっと見える陸みたいなのって、イギリスかな」

「え? それって珀の国?」



 そのず~っと先に見えるものが、同じ日本だったなんて夢にも思わなかった。

 青葉がカサっと揺れて、蝉が一匹飛んでいく。

「うわっ、おしっこかけられた~」

 珀が頭をブンブン振ると、こげ茶色の細く柔らかい髪の毛が、サラサラ揺れた。

「珀がぼけっとしてるからよ」

 私が呆れると「ぼけっとしてるかな~?」と琥珀色の瞳を寄せて、珀は小首を傾げた。


 夏休みの間、私たちは早朝六時三十分のラジオ体操のハンコを貰うと、駆け足で家に戻り、コーンフレークに牛乳をぶっかけたアメリカンスタイルの朝食をかきこんで、母の作ったお弁当と麦茶入りの水筒を抱え、夕飯時までをその公園で過ごしていた。



「そう言えば、宿題、まだ全然手を付けてないや。珀は?」

「僕も。でも、ぱらっと捲った感じ簡単だったから、一日あれば出来るよ」


 そんなことをさらりと言ってのける。

 それくらい、珀はずば抜けて賢かった。



 たった一年足らずで日本語をマスターしたばかりでなく、漢字でさえ生粋の日本人である私より多く覚えていた。

 昨年怒りで握りつぶした通信簿より、その年の私の成績はほんのり良かったけれど、珀の完璧な通信簿の前では全く歯が立たなかった。