肩が小刻みに震えている。
眼には、つい数分前までは有った生気が無い。

乱の虚ろな眼は視線が定まらない。
眼は俺に向けられてはいるが、彼女の見ているところは恐らく、あちらの世界。

「乱。飲まれてはいけない。」

修羅、に。

「…ァ…喰われ、る…」

修羅…に。

がちがちと歯を合わせて震える乱の傍らに近付き、肩を抱く。
彼女は、う…と小さく呻きながらも、俺に身体を預けてくれた。
否、抗う力も無かったのだろうか。

「あたし…あたし、は…」

「乱。も、と、み、や、ら、ん。」

一字一字、確かめるように言ってやる。


修羅ごときに、乱をくれてなどやるものか。


それは、彼女にはまだこちらの世界に居て欲しいと願う、執着心にも似た複雑な感情。



南無・彼女をここまで追い詰めた者。
聞こえているのだろう。
彼女は私が救ってみせる。
だからお前は、輪廻の先で、指をくわえて見ているがいい。


「咲羅っ……!」


いつの間にか、外界は暗くなっていた。
それは乱の声に呼応したのか、それとも……。






完。
【夕暮れの、修羅】
2007・6・21。