ばつんと音がして部屋が暗くなる。電力系が落ちたかな、と思ったが、窓に映る中央プラント管理塔の灯りが消えたので、プラントからの電力供給が止まってしまったらしい。
先迄読んでいた旧時代書籍の複製本をそっと閉じると、とりあえず明かりになるものを探す事にした。こう暗くては話にならないし、何よりプラント事態が止まっているから復旧迄には大分かかるだろう。
私の様に有機系器官の少ない市民は当面無補給でも何とかなるからと、補助電源設備を整えなかったのは間違いだった。明かりがないと本が読めないから暇だ。
東葦原の公萬から引っ越して中町大厦のこの一室に転居したから忘れていたが、この地区一帯を管轄するプラントは割合不安定らしい。補助電源でなくとも、簡易照明くらいは整えなければならないな、とぼんやり思う。

暫く暗闇を探して漸く見つけた発光体は電池残量が足りない様で、ほとんど光らない。
こんな時隣に住人が、隣と言わず先隣にでも住人が居れば借り様もあっただろうが、生憎この大厦には住人がほとんど居ない。
参ったが仕方ない、今日の所は諦めて夜明けまで待つしかないだろう。
そう思った頃に、玄関のドアががんがんと鳴った。

「志野さん!しーのーさん!大家の頼佳です!」

この大厦の大家が、態々何の用だろう。
ドアを何とか手探りで開けると、今時珍しい暖色系の灯りが部屋に滑りこんでくる。少し眩しくて目を細めた。

「志野さん、電力供給が止まったので様子を見に来ました。うちは補助電源設備置いてないので、有機系の維持は大丈夫ですか?」

私がその姿をみるより前に、明るい声が耳に入ってくる。

この頼佳という人は随分と変わり者だと、ここに来た時から思っていた。
私はどちらかといえば他人に無関心だし、今の時代は大抵の市民がそうなのだか、この女性は随分世話好きの変わり者で、珍しい有機系市民でもある。多分第一世代なんだろう。

私は目が慣れて来たあたりで、やっと応える事ができた。

「ええ、私は当面平気ですよ。わざわざどうも…。」

「あ、良かったぁ、志野さんは最近越して来たから心配だったんですよ。」

今時珍しい有機油のランプに照らされ、やっと彼女の姿が見えた。ほっそりした背の高い女性で、短い髪は真白く暗闇でもよく見えた。
頼佳さんはにこにことしている。こんなに無意味に笑うのも珍しい。
正直に言えば、頼佳さんは接したことのないタイプで、私は少し苦手であった。他人と話すのか面倒で、あまり得意でないからだ。

それじゃあ、とドアを閉めようとすると、頼佳さんはまだなにか言いたげだ。私は苦手なのに、何故だか彼女に悪い気がして手を止めた。
多分こういうこと自体か苦手なのだ。

「あの、何かお困りだったら遠慮なく言ってください。停電長いので。その。」

最後の方はごにょごにょとしていて、聞き取りにくかった。また何故だか悪いような気になってしまったので、どうしたものかと考える。妙な間ができてしまって中々会話が切れなくなった。
仕方なしに、彼女の持っているランプを見た。

「じゃあ、何か照明類を貸していただけますか。こう暗いと本も読めなくて。」

きょとんとした頼佳さんは、私に向かって、これですか?とランプを差し出してくる。

「それでも構いませんが、いいんですか。」

「いいですよ!使ってください、古いのですけど!」

何故だか急に嬉しそうな顔をして、頼佳さんは答えた。本当に変わっているなと思う。
私は彼女の背後に続く漆黒の廊下の奥を眺めながら、とりあえず気になったことだけを口にした。

「いいならいいですけど、あんたそれで如何やって帰るんですか。」

今度は何だか泣きそうな顔になっている頼佳さんを見て、また悪いような気になった。この人が苦手だ。