「こ、ここは…」



タクシーは立派な鳥居の前に停車した。


夏祭りのこの日、人でごった返してはいたが、おきぬがかつて見た、過去の風景とあまり変わっていなかった…。
本堂へと真っ直ぐ続く参道。そしてそれを守るかのように取り囲む林。


周囲は未だ田園が広がる風景が展開しており、東京では珍しく日本の懐かしき農村光景がこの辺りには生き続けていた…。



たちまちおきぬの顔は強ばった。






「着いたよ。おきぬ。さぁ、降りて。」

椿は優しくおきぬに言った。


「…………いや。」


「え?」



「いや、いやよ!あたし、あたし…。」




そこでかつて姉妹二人で蛍を見た。





おしんはあの時、永遠にこの蛍を見たいと願った。



…だが壊した。
おきぬががそんなはかない願いさえ破壊した…。

自分のこの手で、その夢を壊してしまった…。

あたしが壊してしまったんだ…。





「ごめんなさい…」





「え…」

「ごめんなさい!ごめんなさい!」

おきぬはタクシーを降りて飛び出した。


「おきぬ!運転手さん。お金、ここにおいていきます!」

「ありがとうございます。お釣りは…」


「いらない!」

椿は手を振り上げおきぬを追いかけた。



「おきぬ待ってよ!待ちなさい!待ちなさいったら!!」

そう言うと、おきぬの手を掴み振り向かせた。


「いや、いや、いやー!!」



「おきぬ!!」

椿はおきぬの頬を軽くぶった。



「あ、え、つ、つばき…」



「どーしたのよ。本当に。なんかあったの?
あんた確実におかしいよ。」




浴衣を着たカップルが怪訝な顔をして彼女たちを見ていた。


「なんでもない…」


「なんでもないわけないよ。あんたやっぱりおかしいよ。話せる事ならお願いだから、私に話して。」


おきぬは椿の顔を見た。

椿は真剣な顔でおきぬと向かい合っていた。





つばき…


あたしのこと本気で心配してくれている。



だから…いや、だからこそ






…言い出せない。








椿は大事な友達だ…。


余計な心配はかけさせたくない…。


自分の過去をさらけだす。それは昔を改めて振り返ることにもなるのだ。








…辛い。そんなの辛すぎる……。



あたしは自ら自分の姉を手にかけました。



友達には…いや、大事な友達だからこそそんなこと言いたくない…。







「………ごめん。
本当になんでもないの。
心配させちゃってごめんね。」

おきぬは笑顔を作った。


「おきぬ…」



椿はおきぬを歯がゆい表情で見つめた…。