…どこまでも続く草原。
遠くにそびえる山並み、青白い空…。


おきぬは一人俯いて歩いていた。




…ガサガサ


草をかき分ける音がした。

おきぬは顔をあげる…。



そこには一人の女が立っていた。




「お、お姉…。」


…おしんだった。


焦点の定まらぬ無表情な顔をしておしんはおきぬを見つめていた。



「おきぬ…なんでこんなとこにいるの?」


おしんは消え入るような声でつぶやく。


おきぬは返答せず彼女の目を反らした。
「なんで目をそらすの。
あんた私に何かしたっけ…」



「…………あたしは、あたしはお姉の事を…」


「そうだよね。殺したよね……」


おしんはおきぬを無表情で凝視していた…。



「わかってるよね…。あんたは私を殺した…。
ひどいよね…。
子供たちと已之吉さんとまだ生きたかったのに…。子供たちもあんたが殺したようなものだしね。




どーしてくれんのよ?」



おしんは生気のない声でおきぬに問いかけた。

「それは…。それは。」

「言い訳しても無駄よ。あんたは後戻りできないことをしてしまった。わかってる?…ねえ?


本当にわかってるの!」

最後の一言は語勢を強めた。


「…ごめん。お姉。本当に本当にごめん…。」


「ごめんで済むような事じゃないでしょ。あんた。」
おしんは薄ら笑いを浮かべたと思うとたちまち憎悪の表情でおきぬを睨みつけた。



「おきぬ。私は許さないからね。殺したこと、幸せを奪ったこと絶対に許さないからね!」


おきぬは目を伏せた。
唇をかみしめた…。




その時である。





ガツン!


何かがおきぬの頭に当たった…。






好子と健太郎がおしんの両脇に立っていた。


「おきぬお姉ちゃんが助けてくれなかったから、僕たちは死んじゃったんだ!
お姉ちゃんの事大好きだったのに、お姉ちゃんが僕たちを殺したんだ!」
「そーよ!そーよ!お姉ちゃんがわたしたちを殺したのよ!」

二人はおきぬに石を投げつけてきた。


「おきぬお姉ちゃんなんて死んじゃえ!」



ガツン!ゴツン!

二人の投げる石は…


痛かった。とんでもなく痛かった。


小石がほとんどだったものの、それはどんな巨岩よりも深く突き刺さる痛みがあった。


「ごめん。ごめん。本当にゴメン!
最低なのはわかってるよ!あたしは最低だよ!とてつもない事をしでかしてしまった。
あたしは、あたしは…。


もう…嫌だ!もう、もう、なにもかもが、あたし自身が嫌だ!」


おきぬは駆け出した。


「逃げるつもり!」
おしんが大声をあげた。




後ろを振り帰る。



三人は追いかけてこない。


だが逃げても逃げても三人が消える事はない。



距離が縮まらないのだ。

(なんで…。なんで!)


ドン!

「え、な、なに!」



「よぉ、小娘…」


背の高い、黒いコートを身につけた男がそこには立っていた。



ジョンだった。



「お、お前…」


ガツ!ググググ…。


彼はおきぬの首を絞めはじめた。


「あがが…。ぐがが…」

首を絞めあげる。おきぬの身体が宙に浮き始める。





「あはははは!」

その時、笑い声が聞こえた。

「死んじゃえ!死んじゃえー!」
子供二人がはしゃいでいる。


「おきぬ、あんたやっと死ぬんだね!良かった!良かったわ!あはははは!」



薄れる意識の中、おきぬが最後に見たものは三人の嬉々とした笑顔だった…。


(やっと、やっとこれで楽になれる…。)



おきぬは安堵の笑みを浮かべた。