…已之吉が村に帰ると村人たちからは歓喜の声が上がった。


二人が行方知らずになって二週間…。


当然ながら已之吉、茂七は死んだものと考えられていた。


…茂七はやはり村には帰ってきていなかった。



おしんは茂七はそこには倒れてなかったと言っていた。



已之吉は一人茂七が村に帰ってきた…そんなほんの一握りの希望を持っていたのだが…。





已之吉は幼い頃両親が病気で亡くなり、茂七夫妻の手で育てられた。
茂七は実の父親、そう言っても過言ではなかった。
茂七の妻、トミは已之吉だけでも帰ってきてくれて良かった…そう泣いて喜んでくれた。
本当はおしつぶされるほど辛いだろうに…。

何とも歯痒く、やるせない思いに包まれた。


その次の日。
晴れ渡る空の下、山狩りが行われた。
茂七の遺体捜索である。


峠を越え、更に山奥にわけ入る。


やがて彼らの作業小屋が見えてきた。


晴れ渡っているその日はすぐに見つかるのに…。

しかし、あの日は全く違う環境だった。
歩けど歩けど小屋は発見できなかったのである。
「ここからどのように歩いて行ったのだ?」
「いつも目印にしている曲がり松に向かって歩いて行きました。」
曲がり松。
それはこの辺り一体の山の中では一層高くそびえ立つ一体の松の老木だった。



「そうか。…それでそこからはどうやって。」
「わかりません。すみません…。曲がり松にたどり着いてからすぐに吹雪はすごくなったものですから…」


それから付近一帯をそれぞれの班に分かれて捜索した。
しかし、茂七はなかなか見つからなかった。



村人たちは「まるで神隠しにあったようだ…」
そう話し合っていた。


捜索を開始して3日、更に捜索範囲を広げた。






それが功を奏したのかやがて茂七の遺体が見つかった。


茂七は…小屋とは全く真逆の崖下、谷底の平場に横たわっていたという。







……茂七が我が家に無言の帰宅をする。


「あんた。あんたー!」
トミは茂七の遺体にすがりつく。


已之吉は顔を背けた。余りにも哀れで…見ていられなかった。
今でも信じられない。
そんな気持ちに包まれた。


一方、茂七の遺体には不可思議と思える点がいくつかあった。

服は出血のせいで赤黒く染まっていたのにたいし、傷口がなかったこと。


雪が降り続いていたのに、茂七の周りには降った雪が全く積もっていなかったこと。

…また骨がズタズタに折れていたのに、顔には笑みを浮かべていたこと。

普通は苦しみながら死ぬはず。
だが彼は安堵を思わせる笑みを浮かべていた。

それだけが已之吉やトミの唯一の救いだった。

茂七が荼毘にふし、已之吉は樵をやめた。
茂七の見習いとして已之吉はその仕事に従事していた。

だが、樵としての腕も知識も、まだ十分に身に付いていなかった。

他の樵仲間からの誘いを受けたが…すべて断った。


やがてトミと共に農業を始めた已之吉。


トミは茂七がいなくなっても以前と変わらず、いや、それ以上に已之吉の世話をしてくれた。




いたたまれなくなった。


だからこそ、せめてもの恩返しの為に、トミの農業に専念する事に決めたのである。