快晴と相成ったその日、已之吉は村へと帰ることになった。
当然ながら雪深く、村に帰る道をおしんに案内されつつ歩く…。
雪に囲まれた周囲の風景は全く一緒に見える。
これに吹雪という悪条件が重なれば遭難するのはまず間違いないだろう。
村を見下ろす峠で已之吉はおしんと別れを告げることになった。
「それではここで…」
「本当にありがとう。あなたに命を救われた。なんとお礼をいっていいのか。」
「いいんですよ。そんな」
おしんは微笑み恥ずかしそうにうつむいた。
「おしんさん。」
「はい?」
「また…あなたの家にお邪魔してもよろしいですか?」
「……え?」
おしんは已之吉をきょとんと見つめた。
「私はあなたに大変世話になった。ぜひいつかお礼がしたい」
「そんなお礼だなんて」
已之吉はそう言うおしんの言葉を遮った。
「前から気になっていたんだが…」
「…………」
「あなたのような若い女性が一人、何故あんな山奥にいるのか?あなたは街に、文明に憧れないのですか?」
「それは…」
「私の村にくれば人と触れあえる。それに行商で街に行くこともある。あそこの生活よりずっと楽しいですよ。おしんさん、一緒に村に行きませんか?」
「…私は……気持ちは有り難いのですが、無理です。私には待っている人がいるから」
「待っている人?」
「はい。妹がまだ帰ってこないの」
「妹さんがいるのですか…」
「ええ…。あの子極度の方向音痴でどこほっつきあるいてんだか」
「………??そ、そうなんですか」
下手な冗談ではぐらかされた気分だった…。
「村の皆さんが已之吉さんの帰り待っているんじゃないですか?」
「そ、そうですね。
それではいつか、また。」
「さようなら…。あ、已之吉さん。」
おしんに呼び止められ、已之吉は振り返った。
「ごめんなさい。あなたに言いたいことがあって」
そう言うとおしんは真顔で已之吉を見つめた。
「あなたは生かされた命。必ず幸せになってください…。これからの人生、楽しく生きていってくださいね。」
…おしんは最後の方は軽く微笑んだ。
已之吉は彼女のそんな言葉に優しく笑う。
「…はい。おしんさんもお幸せに…」
「はい…。ありがとうございます。」
已之吉は会釈をすると歩を進めた。
しばらくして振り返るとおしんが手を振っていた。
已之吉は手を振りかえす。
おしんは笑って会釈した。
それから再び歩きだした…そしてまた振り返ると
すでに彼女の姿はそこにはなかった…。
え?そんな。
時間にしてわずか十秒程度しか経っていないのに…。
…木の陰にでも隠れたのか?
「まぁ、いいか…」
已之吉は独りごちると気を取り直し、山をそのまま下っていった…。


