「う、うぅ…。」
台所でわずかな呻き声が聞こえた。
「お姉っ!」
おきぬは台所に駆け込んだ。
台所におしんが口から血を流し倒れていた。
「お姉、おねぇ!しっかりしてっ!」
おきぬはおしんを抱き起こした。
「お、おきぬ…。あぁ、あぁぁ…。」
おしんはおきぬを見ると同時に、大粒の涙が頬を流れ落ちた。
「これは一体、一体何が…。」
「お母さんが…。お母さんが……。已之吉、已之吉さんが…。」
「已之吉さんがどうしたの!」
「火事に…。火事に巻き込まれて…。
電報が、電報が来たの。
火事に巻き込まれて、已之吉さんが…。
已之吉さんが。ああ。
あああ…。」
「もういい。もういいから!喋らないで!」
おきぬは叫んだ。
(誰が…誰がこんな…)
その時、ある噂話が彼女の脳裏をかすめた。
…来たんだ。
狩人が来たんだ…。
狩人…。
それはある日突然やってきて、妖怪とその家族全員を皆殺しにする…。
彼らは西洋からやってきた、政府から雇われた化け物たちと聞いた。
山辺にすむ妖魔たちの話では、当局側といざこざを起こし、任務途中で強制帰還させられたと聞いていた…。
それを聞いて喜んでいたおしん…。
おしん達を「狙うモノ」はもう来ない…。
おきぬは安堵しきっていた。
…違ったんだ。噂は違ったんだ…。
…バカだった。
あさはかだった…。
おきぬは唇を噛み締めた。
そしてこの甘い香り…。
やっぱり、泗宝仙のお香だったんだ…。
泗宝仙。
それは人間…生物すべての「生」を一瞬にして奪う、死をいざなう香り…。
大昔、外国で妖怪と人間の戦争が勃発した。
その時最終兵器としてそれは使われたと…おきぬは聞いた事があった。
だが…日本では環境が違く、その原料の植物類は栽培されていなかった。
妖怪たちにとっては、甘くいい香りなのだが、
生あるものには「有害」
それ以外の何物でもなかった…。原料となるそれら植物類は人間によって、ほぼ全て焼き払われたと聞いていたが…。
「お、おきぬ…。逃げて…。奴等まだ、まだ…」
その時、ガラスの割れる凄まじい爆音が響き、同時に炎が屋敷になだれ込んできた…。


