「…ヨウマのニオイ。」




鳥山は名刺を受けとると独り言をつぶやき固まった…。

そのまま已之吉を凝視するとにやりと笑った。




「あの、鳥山さん…。どうかなさいましたか?」


新太郎が怪訝な表情をして鳥山に尋ねた。


「あ、いえ…。何でもないですよ。ところで谷口さん、あなた、お住まいはどちらで?」


「は?」

唐突な質問に已之吉は困惑した。


「谷口さん、お住まいは?」


「…東京の西にある駒王子町の隣、浅山村という所ですが…。」

「浅山村…。ほ~。なるほどねぇ。」

鳥山は目を細めた。






……なんだいきなり。


已之吉は眉をひそめた。

鳥山は更に切り出した。


「あなた、結婚なさってますよね。」

「え、ええ…」

「やっぱり。そうですよね…。」


鳥山は含み笑いを浮かべた。




「あの、谷口さん、あなた子供さんはいらっしゃいますか?」


「子供は二人いますが…」

「…二人ですか。そうですかそうですか…」



鳥山は興奮しているのか、
汗を拭く手が僅かながらに震えていた。



そしておもむろに胸ポケットからペンを取り出す。




「あなたの名刺の裏に自宅の住所を書いてください。あ、嘘はいけませんよ。すぐバレますからね。」






鳥山は已之吉の名刺をペンと共に机に置いた。


何を言ってるんだ?この人は。


「それは一体どうゆう意味でしょうか?」
已之吉はあからさまに不快感を示した。


「…意味ですか?後程わかると思うのですが…。
ただ、住所を書いていただかないと今回の取引は中止という方向で…。」


新太郎は眉間にシワを寄せた。


「今回の取引と谷口さんとどのような関係があるんですか?」


「関係あるから聞いてるんでしょ?それに私は谷口さんにお話をしてるんだ。君じゃない。」


新太郎はカチンと来た。


「あの、あなたね…」


已之吉は新太郎を手で制した。


「あの…事情をお聞かせ願いますか?私の住所を知りたいとはどうゆう…」


「いえね、私は谷口さんと個人的なお付き合いをしたいと思いましてね。是非住所をお教え願いたい。これからの事があるので…。」


「それは私の会社ではダメなんですか?」

「ダメだから聞いてるんです。もう一度言います。書かないと今回の取引はなしと言うことで…」


その言葉に気圧され
已之吉は仕方なしに自宅の住所を名刺の裏に書いた。


「ありがとうございます。」

鳥山はありがたそうに名刺を受けとると、接待部屋から出ていった。


部下を呼びつけると名刺を指差し何やら説明している。





……なんなんだ一体?





新太郎は隣に座る已之吉を見つめた。



已之吉は明らかに動揺していた…。


やがて説明を受けていた部下は急いで編集部を飛び出していった。




…鳥山はそれを見届けると、上機嫌で接待部屋に戻ってきた。





「いやあ、今日は本当にありがとうございました。どうぞお引き取りください。」



「は?」


「今回の取引は中止です。お疲れ様でした。」


「ちょ、ちょっと、どうゆうことですか!個人的尋問を始めたと思ったらいきなりそれですか!!」


新太郎はすごい剣幕で怒り出した。


「いえね、こちらとしてもすぐ潰れるようなとことは付き合いたくないんですよ。あ、個人的には谷口さんには感謝してますよ。
いやはや、拝みたいくらいだ…」



鳥山は新太郎の怒鳴りに動じることなく、已之吉に向かって手を合わせた。







気味悪い…なんなんだこの男は…。
已之吉は悪寒がした。


「あの、せめて事情をお話していただけませんか?」

已之吉はあくまで冷静に話しかけた。




「事情ですか。まあすぐにわかりますよ…。
すぐにね…。」





鳥山は已之吉たちを見つめるとニンマリと笑った…。