「お車が来ました。」
背後から女将の声が聞こえる。
高梨はそっと目を開眼させ、そのタイミングで私の手は外の風にさらされ、雨で浄化された空気を纏った。
繋いでいた手が、しっとりとしていた。
驚いて私は顔を見上げながら
「もう、大丈夫…なの…?」
と、高梨に問う。
何も答えず、彼は弱々しく笑いかけながら
「うん、大丈夫だ…。何も言わずに…ずっと手を握っていてくれて…ありがとう…」
と言った。
「…い、いえ。私は…何も…。」
耳に髪の毛を絡めながら、私は慌てるようにして顔を伏せた。
「…行きましょうか。」
「はい。」
私も慌ててバッグを持つと、高梨の背中を追いながらその部屋を出た。
帰り際に、高梨がスーツの胸ポケットから財布を出そうとすると、
「お代は頂いてますよ。」
女将が、ごく自然に高梨の手に触れながら、出した財布をしまうように促した。
「…今日は、お世話になりました。相変わらず居心地が良かったです。」
「こちらこそ、いつもありがとうございます。今後とも…御贔屓に…。」
「ありがとうございました。」
私もバッグごと前に手を揃えて頭を下げ、その店を後にした。
