「おさまりませんねぇ…」
料亭の女将とも言えるような、着こなす和服の文様が少しだけ大胆な柄の女性が、立ち尽くしている私たちの横に並んだ。
「…すいませんっ!もう、時間ですよね?」
私は慌てて女将に謝った。
「大丈夫ですよ。高梨さんにはいつもお世話になってますから。」
「…ここの雰囲気は父が愛してやまない。女将のお客に対する配慮が、この店全体に現れているんですよ。相変わらず、ここに有る何もかもに癒される気持ちを覚える…」
私の手を握ったまま、女将と会話を交わしている彼の口調には、いつものようにキレが無いように感じた。
「雨脚が緩むまで、どうぞおかけになってお待ち頂いて構いませんよ。」
「はい。お言葉に甘えさせて頂きます…。」
緩やかに口元を緩ませた女将は、一つお辞儀をして、奥の方へと消えていった。
「艶香さん…時間、大丈夫?」
「…はい。」
余裕がない癖に、余裕のある振りをして私を気遣ってくれる高梨。
相変わらず私の右手は彼の体温に包まれたままだった。
「…ありがとう。」
「いいえ。礼には及びませんよ…。」
時々、瞬の手に包まれてるような心地よさが、私の中に芽生える。
触れられている事に瞬を重ねてしまう…。
人の温もりって奴は…私の中の何かを壊そうとしている気がした。
