鴉天狗の村




烏のような嘴をした顔に黒い羽毛に覆われた体、自在に飛翔することが可能だと される伝説上の生物と言われる者達が暮らす地






その入り口に佇む青年、鈍(にび)は何かを待っていた



名の通り青掛かった薄い灰色の髪に目と同じ漆黒の翼を持つ


普通の鴉天狗と違い翼以外は常に人の形をとっており、痩せ型だが背丈は高く、村で一二を争う武術の達人と謂われている

















「鈍殿、そんな所で何をしている?」













ふいに上から声がした




鈍が顔を上げれば、そこには女がいた







腰まで伸び日の光を浴びて輝く漆黒の髪を赤い紐で一つに結い、その美貌は村処か国中で噂になる美しさを誇る








しかしその女は鴉天狗ではない



鈍にある黒い翼は、女にはない












「…首が痛い」

「今上げたばかりであろう(汗)」








そう言いながらも女はゆっくりと地に降りる








細くも程よい筋肉の着いた脚が短めの着流しから覗く










「…急用か?」

「ああ。我が主から書状を預かった。そちらの長殿にお目通しを願いたい」

「承った」











微笑む女を鈍はまじまじと見る









「…なにか付いてたか?」

「いや…」










背は村の女衆と比べても高いが、鈍に比べれば幾分も小さい女の頭を撫でる






「…お前、幾つになる?」

「…もうじき十六だ」

「…もう七年か。お前も大きくなるはずだな。紅緋(べにひ)」









女、紅緋は苦笑した












七年前、自分より幼い子供二人を身を呈して守ろうとしていた勇敢な姉


土に汚れ、痩せ細った野良犬のような面影はもう無いが、強い意思を宿す瞳は今も変わらない











「本当に鈍殿には感謝してもしきれない。命の恩人だ」

「気にするな。大した事はしてない」








紅緋は九尾の后に鈍の世話になる事を薦められたが、紅緋は首を縦に振らない









『かの方にすくわれただけではおわらず、せわになるなどできない』









もう迷惑は掛けられないと言った幼子を止める理由はないが、やはり危なかしくほおっておく訳にはいかなかった


蛇の女(だのめ)の一族に引き取られた後も見守り、交遊を続けた


幼い女の子から大人の女となった紅緋は美しくも強く成長した








「…鈍殿?」

「ああ、親方や奥方もお前に会うのをいつかいつかと待ちわびてる」

「そちらも都合があるだろう。手間は取らせぬ。なにより、我が主がすぐ戻れと五月蝿いからな…」








溜め息を吐く紅緋に鈍は微笑し自分達の長の元へと急ぐ









鈍は紅緋を見る度昔に想いを馳せる











彼女はもう覚えてはいない





本当に初めて出会った日の事まで…