妖魔の森




人間の住む国と妖が住む国の境にある森





妖が迷い混んだ人間を喰らうためにさ迷う森









そこに人間の男が赤子を連れてきた









「…すまねぇ…。お前を置いてかねぇと生きていけねぇんだ」








すやすやと眠る赤子を森の中に置く








「すまねぇ…。すまねぇ…」







男は何度も謝りながら、しかし逃げるように森から遠ざかる









男が見えなくなった時、赤子の側の雑木が動く








現れたのは、二人の子供





一人は十にもならない女(め)の子で薄汚いぼろぼろの衣を纏い、赤い紐を棒のような腕に巻いている




もう一人はそんな彼女より幼い男(お)の子でこちらは女の子より立派な着物を纏い、右手を強く握っている








「…ねぇさま」

「どうした…?こはく」







姉と呼ばれた女の子は赤子を抱くと座り込み、こはくと呼ぶ男の子に側に来て座るよう促す



それに従うとこはくは姉に凭れる










「けものがにげた」

「こはく、けものじゃねぇ。わたしらと同じ人間だ」

「けものはこどもをすてない。にんげんはけものよりたちがわるい」








姉は困ったように言う







「こはくはかしこくてものわかりがいい。だけどもうらみごとはよくねぇ」

「ねぇさまとておなじだ。すてられたのをわかってなんでにんげんをゆるす?」

「…わたしとお前はちがうよ。わたしはすてごじゃねぇからな」










二人は姉弟ではない




こはくは赤子と同じ、置き去りにされた子供


偶然か必然かの出会いから二人は幾度の夜を越えてきた









「わたしらだけが辛いんじゃねぇ。この子のように生まれてすぐすてられてあやかしにくわれる赤子もいる」








姉はそう言ってこはくの強く握られた右手を両手で優しく包む







その手に石が握られている事を姉は知っている







「二人、いや、このこと三人、かたをよせていられる。それがどれだけ幸せか…」









こはくと出会うずっと前に姉は親を亡くし、さ迷った末にこの森に身を隠している




形見として残ったのは父親から譲り受けた琥珀(こはく)と言う石と母親が髪結いに使っていた紅の紐のみ



自分を庇って死んだ親の優しさを忘れないために大事に握っていたが、暫くして幼い男児が捨てられ、人間を敵だと思い込むその子のために琥珀を渡し、名を持たぬと言う子供にその石の名を与えた








それ以降こはくは女の子を姉と慕うが未だ人間を憎んでいる








「…さて、赤子のためになにかきのみをすりつぶさないと」

「あかごなんか、すぐしぬ」

「そうしないためにわたしらがいる。お前がいなけりゃわたしが死んでたさ。さぁて、きのみをさがそう」









姉は立ち上がり地面を見つめた時、こはくは眠る赤子を睨んだ








自分を気遣う優しい姉以外、人間は妖や獣同然


運よく大人になればこの赤子も自らの子を棄てるに違いない


そして、姉は自分よりか弱い赤子を一番大切にする











自分の愛する姉が自分以外を見る事、守る事に苛立ちを覚えていた