「ここか……」

 小さな紙切れを握り締めながら、ユーリはある場所に立っていた。

 目の前には立派な門構えの屋敷があり、周囲も豪邸が立ち並んでいる。

 一面に煉瓦が敷き詰められ、整備された広い道路が一本突き抜けているこの場所はシュスの北東に位置し、街の統治にも関わる有力な商人や貴族が住まいを構える高級住宅街だ。

 街の中心部とは一線を隔し、国王に任命された街の領主から許可された者のみが居住を許される場所であり、普通に汗水垂らして暮らしている人間が近付ける場所ではない。

「聞いてたよりすげぇ金持ちみたいだな、こりゃ。」

 ユーリはじっと目の前の屋敷を見据えながら思考を遡らせた。





「こちらになります。」

 ジャンの店を後にしてから、ユーリは男に連れられて小さな家屋を訪れていた。

男の身なりにしてはさほど広くはないそれは、あまり掃除されていないのか薄汚れたカーテンに小さなテーブルと椅子が二脚置かれていただけだ。

 そのテーブルと椅子も埃を被り、好き好んで座りたくはないなと心の中でユーリは呟く。

 座る部分に白く浮いた埃を叩き腰を降ろすと背後でドアの開く音がした。

 すぐさまドアの閉まる音とこちらへ近付く靴音がユーリの耳に届く。その音を生み出す人物が何者なのか、判らない者はこの場には誰も居なかった。

「すまない、遅くなったようだね。」

 テーブルを挟んだユーリの真向かいに座ったその人物は優雅な笑みを浮かべながら手を差し出してくる。

 薄く白髪の混じった背の高い老紳士、それがユーリの目の前の男の第一印象だ。

 背後に依頼をしてきたスーツの男を従えて仕立てのいいタキシードの胸ポケットから葉巻を取り出すと、火を付けさせゆったりと煙を味わいながらユーリを見ている。

 品定めするかのように、じっくりと舐めるような視線で。