「それ、あげる!」
「あん?」

 自分の手の上のそれと男の子を交互に見る。日の光を浴びて赤々としたみずみずしい林檎はとても美味しそうで、ぶつかった衝撃で忘れていた空腹が一気に甦ってきた。

「いいのか?」
「うん!急いでてぶつかったのは僕だし、それで落としちゃったの拾ってもらったから……お礼!」

 男の子の言葉にユーリは考え込んだ。

 厳密に言えばこの林檎を受け取る理由はない。ぶつかったのは注意力散漫だった自分にも落ち度はあって、男の子だけが悪いわけではないのだから。

 しかし如何せん今のユーリはお腹が空き過ぎていた。少しでも気を抜けば盛大に腹の音が鳴り響くだろう。

 金は無い。手持ちの食べ物も勿論無しだ。

 そんな時に目の前には美味しそうな林檎が一つ。

「……なら、遠慮なく貰っとくぜ。」

 ユーリは手の中の林檎をしっかりと握り締めていた。

 どんなに意地を張っても腹が減っているのは事実なのだから背に腹は変えられない。人間、食欲には勝てないものだ。

「ん、んまい。」

 欲望のままに手の中の林檎に歯を立てると、爽やかな甘さの果汁が口一杯に広がっていく。その林檎の味に思わず笑みが漏れた。

 そんなユーリの様子に、男の子は嬉しそうに笑みを浮かべて立ち上がる。

「サンキュな!丁度腹減ってたんだ。」
「良かった!じゃあ僕、急いで帰らないといけないからっ!」
「おうっ、じゃあなっ!」

 両手一杯に林檎を抱え直して駆けていく男の子の背に声をかけながら、ユーリは自分の歯形のついた林檎を見つめた。

 思わぬ所で食料が手に入ったものだ。突然幸運が舞い込んできたなら仕事も見つかるかも、などと考えながらもう一度林檎をかじる。

「よしっ、仕事探すかっ!!」

 食べかけの林檎を空に向けて放り投げて気合いを入れながら、キャッチすると同時に歩き出した。