その手に渡されたのは、小さな箱だった。

木製のそれには、ぜんまいが側面についているので、奇妙だった。

「まずは巻いて」

彼が小さなぜんまいをつついた。
訳も分からぬままだったが、とりあえず彼のいうようにした。
1回、2回、3回…10回
箱はジジジと小さな音を立てた。

「さぁ、どうぞ」

彼はいたずらっこのようにクスクス笑った。
その顔に眉をひそめつつ、また彼のいうようにした。

ガラスを突くような音が羅列した。
心をくすぐるようで、可愛らしい音を箱は歌った。

「オルゴール」

彼は箱の名を教えた。

「そして、これは俺の故郷の唄
祭でしか歌われない、特別な唄」

彼は唄の名前を教えてくれたが、忘れた。

「いつか、この唄を聞かせるよ。
俺の故郷の祭で歌おうよ」

彼はしかと目を離さなかった。
強く見つめてくれた。

「だから、それまでに覚えてよ。
この唄を何度も聞いてさ」

夕焼けに照らされた、彼の笑顔の美しいこと。

この人の故郷でこの唄を歌えたなら、それは素敵なこと。

もう何度も何千回も聞いたオルゴール。
今は口ずさむこともするのに。

それにも関わらず、彼は今そばにいない。