そんなの僕には関係のないことだ。

おばさんがほとほと困ってを電話してきたのもわかるが、僕の態度が相手に誤解を与えたって、それはあんまりだ。



『こう言ってはなんだけど、私はいいお話だと思うのよ。
向こうの親御さんに気に入られて、なんとかならないかと言われるなんていいことじゃないの。
深雪さんが少しおとなしすぎるってあなた言うけどね、控えめでしっかりしたお嬢さんよ。 
ほら、普通は親の言うことなんて聞かないじゃない。でも、お父さんがそんなに勧めるのならと、思い直したみたい』


『お父さんお父さんって、誰が結婚するのかわかってるのかな。それって彼女の気持ちじゃないですよ。
親のせいにするのって間違ってませんか。僕はそんなの嫌ですね』


『怒らないでよ』


『すみません。でも僕は……』


『わかったわ。そこまで言うのなら、私からもう一度お伝えするわ』


『お願いします。もし聞き入れてもらえないのなら、僕が直接お話します』


『それだけはダメ。私たちの顔もあるから』



一応見合いの形をとっているので、直接相手側に返事を伝えに行かれると、仲立ちをした者の立場としては困ると言うのだ。

あぁ、なんて面倒なんだ。

断っても相手に聞き入れてもらえない、僕が直接断るのはやめて欲しいという、本人の意思はどうだっていいのか。

金輪際見合いなんかするものか。

僕の怒りは頂点に達しつつあった。



『ふぅ……あなたに他の人とのお話でもあればねぇ、お断りするのは簡単なんだけど。
出張中じゃそうもいかないわね。ねぇ、そっちに誰かいい人はいないの?』


『いえ……仕事が、あの、忙しいので』


『そりゃぁそうよね。当分ご縁はなさそうね』



思いもしない問いかけにさっきまでの怒りもどこへやら、僕はしどろもどろになった。

まさか、毎週のように帰省して大杉千晶と会っているなんてこと、口が裂けても言えない。

元気でがんばりなさい、邪魔したわねと、おばさんから電話を切ってくれたので、僕の動揺は気づかれずにすんだようだ。


それにしても、父親のために縁談をすすめてもいいなんて、深雪さんの気持ちはどこにあるのか。

千晶から僕らのことを聞いて、千晶に辛かったねと言ってくれたのは本心じゃなかったのか。 

親が安心するという理由だけで僕との結婚を決め兼ねない。

どんな神経なんだよ、話にならないってのはこのことだ! 

怒りで拳を握り締めたところで、僕はとんでもないことに気がついた。


これって……これって……僕が千晶に言った言葉とおんなじだ。


”お父さんが安心されるから”

”お父さんのためだから”

”その方が僕たちのためにもいいことだから”


あぁ、なんてことだ。

言葉を尽くしたつもりでいたのに、その言葉で千晶を迷わせ悩ませていたなんて。

僕が必死に説得すればするほど、彼女はどれほど悲しい気持ちになっただろう。

あまりのおろかさに全身の力が抜け、握り締めた拳は緩み両脇にだらんと腕がぶら下がる。


しばらく立ち尽くしていたが、こうしてはいられないと思いなおした。 

自分の言葉が招いた事態にどう対応するべきか、これからどう振舞えばいいのかを考えた。

今度こそ間違えないようにしなければ……

今後の身の振り方を決め、明日には会える千晶へ伝える言葉を丹念に準備した。