僕の気持ちをわかってもらえた、言ってよかったんだと、もう一度確認するように千晶の顔を見たのだが、いましがた見せた優しい顔が、気のせいかわずかにゆがんでいる。

気のせいなんかじゃない、だんだん沈んだ表情になり、僕は急な彼女の変貌に落ち着かなくなった。



「父に話すのは、少し待ってもらえませんか……」


「僕とこうなったのを後悔してる?」



これには、そんなことはないと言うように、頭を左右に振ってみせた。

後悔してないのに待って欲しいとは、何が彼女を迷わせているのだろう。

自信がなくなってきて、先を急いだのがいけなかったのか、言い方がまずかったのか、それともタイミングか? などなど、彼女が承知しない理由を必死に考えた。



「じゃぁ、どうして」


「私の気持ちの問題なので……すみません、ごめんなさい」



目を閉じて額に手をつき、彼女はいよいよ苦痛な表情を浮かべた。

まさかの否定に僕も頭を抱え込んでいた。


気まずい時間がただよい、テーブルにおいたカップにふたたび手を伸ばした。

ぬるいコーヒーが乾いた喉に流れていく。

ここで引き下がるわけにはいかないと思い直し、重ねて千晶に告げた。



「君の気持ちはわかった。じゃぁ、今日はお父さんの顔を見に行くだけにする。
それならいいだろう? お見舞いに行くってことで」


「それだったら」



仕方なくといった顔だったが、さっきまでの苦痛の表情はなくなった。

そのあとは、出張の様子や宿泊所になっている研修所のことなど、スムーズに会話が進んでいった。



「ユキちゃんのお父さん、田代さんが考え直してくれないかな、なんて言ってるそうですよ」 



千晶はこんなことを言いながら、ふふっと笑いを漏らしていたが、 



「いやだ、僕は千晶のお父さんに気に入ってもらいたいんだぁ」 



僕が本音の叫びをあげると、とうとう声を上げて笑い出した。

その顔がふっと真顔になり、僕を見つめてきた。



「先輩が出張から戻ったら、ユキちゃんに話をしようって言ってくれましたね」


「うん、彼女には話しておくべきだと思うけど、どうしたの?」


「すみません、私……ユキちゃんに話しました。先輩と一緒に話すより、私が言ったほうがいいと思って」


「そうか、そうだね」


「ユキちゃん、私より先におばさんたちから聞かされたら、きっと寂しいと思うんです。
私、いつも一緒にいて話も聞いてもらったから、あの子にはちゃんと話しておきたかったんです」


「深雪さん、驚いただろう」


「びっくりしてましたけど、気持ちに気がついてあげられなくてごめんねって言われました。
ちいちゃん、私たちに遠慮して言えなかったんでしょう? ってそう言われて……
ユキちゃんに黙ってて悪いと思ってたのに、辛かったでしょうって、私の方が慰められて」


「そうだったんだ……従姉妹って本当に仲がいいんだね。ウチのお袋と小林のおばさんもそうだよ」


「私もユキちゃんも、女の兄弟がいないってのもあるかもしれませんね。友達に言えないことも話したりしますから」



それほど親密な仲の従姉妹に、秘密を持っていることが心苦しくもあり、近い存在だからこそ、正直にすべてを打ち明けておきたかったのだろう。

深雪さんと千晶の絆が、僕には羨ましく思えた。