大杉からメールの返信が届いたのは翌日の夜だった。


『私のほうこそ失礼なことを言いました。すみません』


返信の文字を打つのももどかしく、折り返し電話をした。

出てもらえないのではないかと覚悟していたが、ほどなく大杉の静かな声が聞こえた。



『電話、出ないかと思った』


『そんな……』


『ごめん、大杉の気持ちを考えればわかるのに』


『もういいんです』


『よくないよ、会って話ができないかな』


『できません……』


『どうして』


『どうしてって、ユキちゃんと先輩のお話が進んでいるのに、私、会えません』


『だから言っただろう、それは誤解で勝手に話が進んでるだけだって。僕の気持ちを伝えたら彼女もわかってくれた、お父さんに話をしてくれるそうだ。深雪さんとの話は終わりだ』


『それで、叔父が納得してくれるでしょうか。小野寺の叔父は厳しい人ですから、筋の通らない話には首を縦に振りません。叔父が納得するまでは』



叔父さん叔父さんって、いったい誰の縁談だよ。

そんな厄介な父親なら、こっちから願い下げだと言いたいがそうもいかない。

大杉が世話になった人でもあるのだから。

僕は慎重に言葉を選んで、彼女に語りかけた。



『大杉が世話になった叔父さんだもんな。わかった、僕から深雪さんのお父さんにちゃんと話をする。それならいいだろう?』


『でも……』


彼女も迷っている、直感的にそう思った。

大杉は僕を慕ってくれている、会えませんといいながら、本当の気持ちを隠しているのではないか。



『僕は、大杉とこのまま別れたくない』


『別れるって、付き合ってもいないのに』


『僕はそのつもりだった。大杉だって』


『そんなつもりはありません』



息をのむほどの強い語調に、僕は次の言葉を失った。



『……わかってください。私、おじさんやおばさんに、本当にお世話になったんです。ユキちゃんと先輩のお話がなくなっても、先輩とお付き合いはできません。ユキちゃんをだましてたみたいで、だから……』



大杉が深雪さんの気持ちを思いやるのはわかる、世話になったおじさんたちに遠慮するのもわかる。

僕が大杉の立場だったら、同じように考えるに違いない。

常識的に考えれば良いことではない、僕は非常識で無謀なことを大杉に要求しているのだ。

けれどいまの僕は、理性や体面はどこかに忘れてきてしまったようで、湧き上がる思いを押し込めることができない。



『……だけど、僕は大杉にかかわっていたい。それもダメか』


『先輩』


『前にも言ったけど、誰にも相談できないことがあったら僕に言って。大杉のことが……』


『わかりました。そのときは……』



互いに最後まで言葉にせず、その夜は電話を終わりにした。