初恋……


尚哉が自分のことを…?


…気付かなかった。少しも。



中学時代の尚哉は、今と変わらず女の子にとても人気があった。


密かにファンクラブを作っていた子たちもいたほどで、毎年、バレンタインには、彼の下駄箱や机には、たくさんのチョコレートが押し込まれるのは有名な話だった。


奈緒子は、あまり目立たない存在で
(背が高く、細いことだけが時々羨ましがられた) 自分が尚哉の恋の対象になるなど考えもしなかった。


どんなに女の子に騒がれても、飄々としていて、気さくな尚哉を、気軽に話せる数少ない男子としか思っていなかった。


……だとしたら。

高校生だった頃の尚哉は、自分の兄と奈緒子が恋人同士だということをどんな風に思っていたのだろうか……

遠い昔のことだから、考えても仕方ないことだけれど。





恵也とは、10分ほど前に、
ホテルの前で別れた。



ーー逢えてよかった……
元気でいるって、わかったから。
エレベーターの中でのことは忘れてくれよ。
尚哉とうまくいくといいな。
祈ってるよ……



タクシー乗り場で、恵也は微笑み、
奈緒子の肩を軽く叩いた。



ーー幸せになれよ…奈緒子。じゃな。


ーーうん…元気でね。


タクシーに乗り込んだ奈緒子に、片手を上げ見送ってくれた。




タクシーから眺めるすっかり暗くなった京都の街並み。



もうすぐ尚哉に逢える。



『尚哉の初恋の相手は、お前だよ』



恵也のその言葉が、奈緒子の頭にこびり付いて、離れなかった。