「奈緒子…」
奈緒子に向き合い、つかんで居た腕を離した。
眉根を寄せた恵也の口元には、笑みが完全に消えていた。
「…あの時は、悪かったよ…
俺は本当にガキだったんだ……」
俯き、苦しげに言った。
……忘れていたくせに…
思いがけない恵也の謝罪の言葉をきいて奈緒子の目から涙が溢れ出す。
蘇る惨めな記憶。
恵也にフラれ、昼間のラブホテル街を
1人で泣きじゃくりながら歩いた16歳の奈緒子。
すれ違う人々の、
あからさまな好奇な視線、嘲笑。
「今更、虫がいいかもしんないけど」
恵也は、顔を上げ、まっすぐに奈緒子の目を見た。
「やっぱ俺はお前が1番いい。
別れてからも、ずっと心の中のどこかにお前がいた。
忘れられなかった。でももう奈緒子には迷惑だろうって思ってた。
俺と今日からまたやり直そう?
台湾に来いよ」
「えっ…」
「行こう」
恵也は奈緒子の手から赤いボストンバッグを再度、奪い、誰もいない廊下を歩き出した。
「恵也、待って!」
奈緒子は追いすがり、自分の荷物を奪い返した。
「行けない!私、これから、尚哉と逢うんだもん!」
「…は?尚哉?」
恵也は振り返り、歩みを止めた。
「尚哉に逢いに京都に来たんだもん。
尚哉のこと好きになっちゃったの。
2年前に再会してから、ずっと。
尚哉には、彼女がいるけど、私、今夜、尚哉に抱かれたいの。
私を選んで欲しいの…」
涙声でいいながら、なぜ涙が出るのか
奈緒子自身がわからなかった。

