尚哉との待ち合わせは、ここから歩いて5分ほどのホテルのロビーに午後5時だった。


アヤネがスマホをコーチのショルダーバッグから取り出すと、液晶ディスプレイには、藤木尚哉ではない名前が表示されていた。


チッ…!

アヤネは小さく舌打ちした。


「こんな時に、メールなんかしてくんなって…」


忌々しげに呟いた。


メールの差出人は、小川学。


1年半前、クラブで知り合い、彼氏のいるアヤネに「俺は二番目でいいから」と言って、交際を申し込んできた男。


その年の春に横浜支社に異動になってしまった尚哉との遠距離恋愛が始まって半年経った頃で、淋しくて、仕方ない時期だった。


学は、実に巧みにアヤネの心に忍び込んで来た。


アヤネからしてみれば、良い会社に勤め、ルックスも良い自慢出来る彼氏尚哉に比べたら、フリーターで『ひょっとこ』みたいな顔の学は、数段落ちる。


もちろん、絶対に結婚相手ではない。


それでも、学と付き合い始めたのは、
飲食店で働く学と、休みの日が合うからだった。



尚哉とは、アヤネが20歳の時付き合い始めて、今年で4年目だった。

もう、交際期間半分が、遠距離恋愛になってしまった。


尚哉が広島にいた時も、アヤネの仕事がサービス業で土日になかなか休みが取れないこともあり、ひと月に2度逢えるか逢えないかだったのに…