「船乗りだよ。タンカーに乗ってる。
1年にほんと数えるくらいしか、帰ってこない」


尚哉は真っ直ぐに、前を見たまま言った。


「父親にビートルズを教えてもらったんだ。
小学校4年の時、ギターの弾き語りでレット・イット・ビー聴かせてくれた。
感動したね。
すぐCD買いに走ったよ。船の中でもギターよく弾くんだって」


「へえ…なんかカッコいい」



遠くの観覧車を眺める尚哉の思慮深そうな横顔。

輪郭のはっきりした耳から顎のライン。

パーカーの襟から、
すうっと伸びる綺麗な首筋。


恵也以外の男の子を、こんなにマジマジと見るのも、初めてのことだ。


金木犀の香りを含んだよそ風が優しく二人の頬を撫でていく。


夕方近くなり、園内の客は明らかに少なくなった。


「5月の学園祭でも、『イエスタディ』演ったんだ。
リードギターの奴はオリジナルだけやりたいって言ってたけど、やっぱり皆が知ってる曲もやろうってなってさ。
うちのバンド、ボーカルが帰国子女でネイティブに近いんだ。
残念なことに、歌ヘタなんだけどねえ」



尚哉がこんなに自分のことを語るのを奈緒子は初めてきいた。


ふっと、尚哉が奈緒子の方を見た。


しっかりとこちらに向けられたその黒い瞳に、奈緒子は吸い寄せられそうになる。


「でも、バンドはもう解散したんだ。
俺もそうだけど、皆、大学受験だし、まじ本腰入れないと」


尚哉はある大学の名を挙げた。


「えっすごい!
そんなとこ狙ってるんだ〜。
やっぱり尚哉は優秀だよねえ。
奈緒子とは全然違う。
奈緒子なんか、なーんも考えてないもん!」