今の奈緒子は、広島の彼女のことなど、何も知りたくない。



キスは許される。
髪に触れることも。

尚哉の頭の重みを感じるだけでは、満足出来なかった。


尚哉の全部が欲しかった。



2年前、尚哉と再会したことで、奈緒子は心の隅に長い間、居座り続けた恵也を消すことができた。


けれど、再会した尚哉には、既に大切な誰かがいた。


奈緒子の知らない女。
広島に住む女。


逢うたびに奈緒子は、尚哉に惹かれていき、キスを交わすようになってからは
完全に尚哉しか見えなくなった。


尚哉にとっても、
元同級生の奈緒子は、気安い存在だ。


尚哉は、奈緒子の気持ちに気付いているかもしれない。


だから、一線を越えようとしないのかもしれない。


尚哉がずるい男なのか、奈緒子にはよくわからない。

でも、この関係はやめたくなかった。



ーー明日は、尚哉と逢えない……



いつの間にか、マイクを握りしめる手が震えていた。


歌い出そうとするのに、喉がつかえて、声が出ない。


メロディだけが流れていく中、どうしても歌いだすことが出来なかった。

さっき飲んだワインのせいかもしれない。


「淋しいよ……」


そうつぶやいた途端、奈緒子の頬に涙が伝った。