それから、準備が始まった。

 松本くんはというと、
「ほらほら、働けよー。 めんどいやつになったんだからな。 誰かさんのせいで」
「お前のせいだろっ!」
 男子の正論で痛いところを突かれ、
「えー?」
 のらりくらりとかわして、どこかへ消える。
 まったく…。

 こんな人でも、女子からの不満は一切出ないんだよなぁ。

「女子の方は? 進んでるか?」
 松本くんがちょっと声をかけるだけで、
「う、うんっ」
 その女の子は顔を赤くしてしまう。

「しっかりやれよー? どうせ授業中寝てんだろ? 温存した体力、ちゃんと使ってくれよな」
 こんなことを言っちゃっても、
「う、うるさいなぁっ! ちゃんと授業受けてるしっ」
 これだけの文句で終わっちゃう。

「ははっ。 まぁ、頼りにしてるぜ」
 そんなことを言って、女の子の肩をポンと叩いちゃったりするから、その子はもう真っ赤。

 …そう。

 松本くんは、モテる。

 ドSなんだけど、たまに優しいところなんかもあって、その使い分けがうまくて、イケメンで。

 とにかく、モテる。

 噂によれば、学年の壁も学校の壁さえも超越してるらしい。

 ま、あたしは別に興味ないけど。
 だってこの人…

「里田! なにボーッとしてんだよ。 働け働けぇっ!」

 …意地悪だもん。

「あ~あ、誰のせいで忙しいんだろ」
 聞こえよがしに呟いてみる。
 ―――と。

 ピシッ。

「痛っ!! 何すんのよ、もうっ」
 おでこに飛んできた松本くんのデコピンに、大袈裟に痛がってみせた。
「不満言う暇があるなら、さっさと手を動かせ!」
 あまりにも上から目線の物言いに、あたしはだんだん腹が立ってきた。
「そういう松本くんは、どのくらい働いたのよ?」
「俺? んーと。あそこの壁とあの曲がり角と入り口の看板とこの壁とそっちの天井とあっちの障害物とそこの仕掛けと窓枠の掃除と教室全体分のダンボールを運んでくるのとカーテンを縫い合わせる作業…」

 えっ…松本くんって、実は凄腕…?!

「…の監督」
「監督かいっ!!」
 見直して損した。 まったく、もう…。

「まぁ、ちゃんと働いてくれよ。 男子があんなんだから」
 松本くんが指差す先には、段ボール箱をかぶってふざける男子。
 あれ、ほんとに中学生…?
「…あんなんじゃあ、ねえ…」
「だよな。 里田って器用だろ? 期待してるから、ちゃんと応えてくれよ?」
「努力しまーす」
 あたしは軽く答えて、再び作業に戻った。