「雪貴、軽く運指しに行こう」


同じく正装姿の国臣さんが
俺の元を訪ねてくる。



緊張からか冷え切った指先。


両手で指先をこすりながら、
控室にスタンバイさせてある
練習用のピアノの上で、
順番に指の筋肉をほぐしながら
温めていく。


30分ほどのウォーミングアップを終えて
再びDTVTの方へと国臣さんと戻った時、
スタッフが出演を知らせに控室に訪ねてきた。



「さっ、行こうか。

 ボクの期待を裏切らない君が好きだよ。
 雪貴。

 深由、タクトを。
 最高のステージにしよう」



そう言って国臣さんは無邪気に笑うと、
DTVTのメンバーは、
ゆっくりとステージへと移動する。



LIVEの時とは違う、
光が差し込むその場所へ、
ゆっくりとオケメンバーから入場していく。


ステージ中央には、
向かい合わせにスタンバイされたインペリアル。


「行ってくるよ、雪貴」


そう言うと国臣さんは、
光の世界へと歩いて行く。



DTVTメンバーが全員揃ったところで、
堂々と拍手に迎えられて
ステージに引き込まれるのは、
マエストロ、瀧沢深由。


彼がゆっくりとお辞儀をして、
観客たちに背を向けると、
流れるようなタクトと共に
DTVTの演奏は始まっていく。

予定されていた2曲が終わり、
深由がステージサイドに
いた俺に視線を向ける。



インペリアルを演奏していた
国臣がその場でゆっくり立つと、
会場スタッフが国臣のもとに、
マイクを持って行った。



「今日最後の曲は、昨年のピアノコンクールで
 優秀賞をおさめ一年間、留学生として
 ボクたちと共に勉強してきた、宮向井雪貴と共に
 彼の曲をお届けしたいと思います」


日本語で告げた後は、
国臣さんはそのまま、
英語でも同じように言葉を続ける。
 

「雪貴」


国臣さんに名前を呼ばれて、
俺は光のステージへと一歩を踏み出した。


国臣さんの前で、
お互いの手を交し合って、
そのまま深由さんの待つ中央へ。

そこで深由さんとも握手をして
国臣さんの反対側の
インペリアルの前へと静かに立って
ゆっくりとお辞儀した。



会場内のアナウンスが、
今から演奏する曲を説明する。