二人きりになると、
私たちはやっぱりピアノが会話になってしまう。



「雪貴、留学の成果聴かせて貰うよ」


ピアノを前にすると、
瞬間に講師になってしまう。


雪貴もまた、ゆっくりと頷くと
現在、腱鞘炎でオクターブ奏法が中心になる曲を
ドクターストップされていること。

そして表現力の練習の為に、
テレーゼを課題曲をされている旨を告げて、
雪貴はゆっくりとピアノ鍵盤に指を躍らせ始めた。

テレーゼを題材に、
お互いの時間を高めあう。

その甘やかな繊細なメロディーは、
甘やかな恋そのもので、音の一つ一つに
沢山の表情が隠されていて。

時間を忘れて、語り合い続けた時間。

寂しかった時間は、
ゆっくりと埋められていく。


雪貴は留学先に戻る日程をもう少しずらして、
悧羅祭まで日本で過ごした。


神前悧羅祭。
学院の一大イベント。

三校の生徒が一堂に悧羅校舎に集い、
OBやOGたちも姿を見せるその日、
Ishimaelと共に、
Ansyalもステージで演奏。


ステージの傍。

後ろの方で、遠慮気にAnsyalを
雪貴を見守る私を、
学院の生徒たちが
定位置のドセンへと引っ張っていく。

生徒たちに背中を押されるように、
引きずられたドセン。


「ほらっ、唯ちゃん。

 もう隠す必要なんてないんだから、
 思いっきり叫べばいいじゃん」

なんて軽いノリで囁く音弥。

周囲の生徒たちも、
遊び半分優しさいっぱい。


ゆっくりと息を吸い込んで、
はち切れるばかりの声をステージに向ける。


「Taka~」


大勢の生徒たちの声と
一緒に届けられるはずの声援は、
何故か私一人。


えっ?
一気に赤面する私に、

次の瞬間『ずげぇー』なんて生徒たちから
声が次々と上がり始める。

ステージの上の雪貴は、
相棒のゼマティスを掲げながら
嬉しそうにパフォーマンス。

その夜、ステージを終えた雪貴と
後夜祭の花火を楽しむ。



「雪貴、待ってるから。

 ちゃんと留学やり遂げて、
 成功させて帰ってくんだからね」


雪貴の出国を明日に迎えた
その日、花火を見つめながら
ゆっくりと手をつないだ。