ピアノの椅子から立ち上がると、
傍に置いていた携帯電話を掴みとる。


画面に映し出すのは、
唯ちゃんの名前。




こういう時は……
唯ちゃんの声か聴きたい。




いつも前に進めなくなった俺に
踏み出す力をくれたのは
唯ちゃんだから……。



発信ボタンを指先で押すと、
暫く聴こえてくるのは
馴染みのあるAnsyalのサウンド。



「もしもし」



唯ちゃんの携帯から聞えた声は
予想外の人。



「十夜さん、どうして」



十夜さんがどうして出る?

俺がかけたのは、
唯ちゃんの携帯番号。


わからないことだらけで、
パニックになり始める俺自身。

思考が付いていかなくて、
無言になる俺に、
電話の向こうの声はさらに続く。



「おいっ、マテマテ。
 雪貴、一人でパニック起こして
 遠くに行くなよ。

 まぁ、少し落ち着けや。
 ほれ、息しっかり吸うて、吐いて……。

 そうそう」


十夜さんに操られるように、
声に乗せられるままに
指示通りの行動を起こしていた俺。

あれほどにまでに息苦しさを覚えていた
時間が、緩和された。


「おっ、落ちついた。

 もう、勝手に想像してパニック起こすなや。
 ええかぁー、唯ちゃんは俺が保護した」


保護?