「どうして?」
どう言葉を出していいのか
わからずに出たありふれた疑問。
「少しこっちでオペがあって。
あっちでは、仕切るのが少なくて
弟に押し付けられて、
精神神経科に配属だったけどね
オペの方も呼ばれれば出向くから。
それで国臣と連絡して、
紫音さまと合流したんだよ」
レッスン室を出る前に、
ピアノを蓋を閉じて、
ゆっくりとお辞儀をした。
隣の部屋からは、
ガラス越しにエルディノ先生と
国臣さんの音が、零れてくる。
「雪貴君、国臣も昔はずっと
ピアノとの向き合い方に悩んでたんだよ。
俺が学生時代の頃だけどね。
それは激動だったかな。
彼は大人しそうに見えて、
一度、解放されてしまうと暫く長引く。
昨年のコンクールの頃と今では、
雪貴君もブランクが出てる。
だからそのブランクを取り戻そうとして
どれだけ焦りの中で居ても、
心がそこに伴ってない今は、身にもならないよね。
紫音さまの課題が、テレーゼとは……
俺も昔、ヴァイオリンでなら
演奏したことはあるんだけどね」
その後は、ずっと裕先生のペース。
練習三昧の時間から解放させるかのように、
ディナーに誘われて、
ピアノから離れた時間。
「雪貴君のところに、
託実から電話はあった?」
「はいっ。
百花さんが妊娠したって……」
「そうそう、託実喜んじゃって」
「託実さんの声も嬉しそうでした」
「あの二人も背中を押すまでは
大変そうだったけどね」
何気ない日本の話を出来る時間が
ちょっぴり楽しかった。
そんな時間に着信を告げる携帯音。
画面に映し出された
着信相手は音弥。
裕先生に断りを入れて、電話に出る。



