このマンションに戻って、
唯ちゃんと一緒に住むようになって、
ゆっくりと俺自身の中に音が戻ってきた。



今も兄貴の音は、俺の中には鮮明で
ゼマティスのボディに触れても
俺自身の音はわからない。

それでもここ暫く続いた
音が遮断された世界に比べると
ゆっくりではあるけど過ごしやすくなった。


家に居る間は、
常に俺と向き合って、
俺との時間を最優先にしてくれる。


防音室に置かれたグランドピアノ。


そのピアノを通して……
音と触れ合う、楽しさを
唯ちゃんは毎日教えてくれる。


それでも、
今も日常に戻れない瞬間もある。


昔のように、PCに触れることも
TVを見ることも減った。


PCを立ち上げると、
ファンメールが怖い。

TVをつけると、
世間の目が怖い。



こんなにも自分自身が弱くて、
脆いのだと自覚させられて
余計に苛立ちすら感じてしまう。



負のループ。



こんなことばかり繰り返していても、
俺の時間は何も変わらないのに。





「こらっ、雪貴」






気が付いたら、キッチンに居たはずの
唯ちゃんが、俺の傍にまで来ていて
エアで爪弾く手を、
唯ちゃんの両手で優しく包み込む。