「ごめん……。
 
 大丈夫だよ」


一言、答えてピアノの蓋に
ゆっくりと手をかけると、
白と黒の宝石が姿を見せる。




ピアノとゆっくりと向き合うと、
その鍵盤の上に、ゆっくりと手を広げて
メロディーを奏で始める。




紡ぎだすフレーズは、
モーツァルトの曲。


ピアノ協奏曲第23番。

癒されたいときは……
モーツァルトの音色が恋しくなる。



暗譜している楽譜を辿りながら、
じっくりと紡ぎだしていく指先。


ピアノは正直で……
紡ぎだす音色は散々なものだったけど
それでも……音に触れられるのは、
幸せだった。



Ansyalを忘れさせてくれる音。





癒しを求めて、
動かし続ける指先。




ミスタッチが目立つ演奏なのに、
唯ちゃんは、俺の隣
ただじっと目を閉じて、
聴いてくれてた。







隣にはただ優しく傍に
寄り添ってくれる
唯ちゃんがいる。





居てくれるから、
俺は今も、何とか
歩き出せたのかも知れない。





大切な音を失って
どれだけ空っぽになって、
どれだけ罪悪感で
押しつぶされそうになっても
唯ちゃんを感じていられるから。








失った音は大きい。





あまりにも大きすぎて、
出口の見えない暗闇の迷路を
今も彷徨い続ける。